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今日の授業は魔法薬学。
そう、この前の薬草が使われる日だ。
自分で使う分量よりもたっぷり採って来れたから、余った分はクラスメイトに安く売ってやった。
おかげでボクとシェンナの懐はホカホカだ。
乾燥させてカラカラになった薬草を片手に、ボクらは実習室に向かった。

魔法薬学実習室は、一言で言えば魔女の家。
大きなかまどに大きな鍋、呪文を描いたタペストリー。
魔石が埋め込まれた千年樹の杖が、机の上に無造作に置いてある。
千年樹は希少種だから、かなり高いハズなんだけど。
まあ、呪術について少しでも知識があれば、魔女の物を盗もうなんて思わないかもね。
フェイルン先生が魔女だってことは学校中はもちろん多分町中の人が知ってることだから、魔法薬学実習室の教卓の上は、無防備に見えて一番安全な場所かもしれない。
頭のてっぺんに長い髪の毛を高く高く高く結い上げてまじない石のカンザシを刺したおばあちゃん魔女のフェイルン先生は、ニコニコ笑顔で実験の手順を説明している。
初級とはいえ、魔法を利用する実験だから、気を抜くととんでもないことが起こりかねない。
ボクもちゃんとメモを取って、手順を頭に叩き込んだ。

完成したのは、冷却シート
筋肉痛とかを和らげたり、熱が出た時におでこに貼ったりするアレだ。
簡単なレシピだったし、地味な完成品だけど、失敗してる人もいる。
冷却効果が強すぎて机に結露がでてたり、固まらないでぐずぐず蠢いてるのもある。
……何だあれ、気持ち悪いな。
「先生! 私の冷却シート、変です」
シェンナが困り顔でそいつを指差した。
あー、アレ、シェンナのか。
「まあまあ、大変ねえ」
フェイルン先生は笑ってそれをつまみ上げ、じっくり観察してから言った。
「呪文を区切るところが違ったのね。それから、気持ちが斜めに入ってるわ。もう少し真っ直ぐに、ゆっくり呪文を読んでみて」
シェンナが言われた通りに呪文を読み上げると、蠢いてたそれは、今度はちゃんと冷却シートらしくおとなしくなった。

「あたし、魔法って苦手だわ!」
「だろうね」
シェンナが言うから、ボクは笑った。
あんなに簡単な実験であれ程見事な失敗をするなんて、逆に器用なんじゃないかって思う。
こんなこと言ったら怒らせそうだから、言うのはやめとこう。
「アリルはいつもキッチリ仕上げるよね」
「得意科目だもん」
ボクはきっと、上手く魔法が使えるタイプなんだろうと思う。
力加減とか距離感とか、そういう文字にしにくい部分が感覚的に『なんとなく』分かるんだよね。
本当になんとなくだから、説明しにくいんだけど。
ボクの部屋でいつも通り、宿題を広げつつお菓子を食べてお喋りしてたら、下の方から玄関が開いた音が聞こえた。
「博士帰って来たね」
「うん、そうみたい」
そのまま階段を上がってくる足音がして、リーリムさんが部屋に駆け込んできた。
「やあ、シェンナちゃん。いらっしゃい」
シェンナに笑いかける顔が、少し青い気がする。
「どうしたの? リーリムさん。何かあった?」
何だか言い難そうな様子で、リーリムさんは口を開いた。
「……アリル、急な話だけど、落ち着いて聞いてくれるかな?」
自分が落ち着けとツッコみたくなったけど、おとなしく頷くことにした。
「王都に、引っ越すことになった。出来るだけ早く。可能なら、明日にでも」
ボクもシェンナも突然過ぎる話に、ぽかんとするしかできなかった。


選択肢
王都に引っ越すことになったアリル。
それは何故?
1.性質の悪い借金取りに追われて
2.アリルが伝説の勇者と分かったから
3.リーリムさんの仕事の都合